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今朝の読売新聞より、松岡正剛氏の「死生観」 失われる「観る力」 [宗教]

今朝の読売新聞に
「死生観」総集編として、
3人の方々の論説が掲載されていました。

松岡正剛氏の言葉は非常に僕の心に響きました。
「私たち日本人はこの半世紀、
多くの大切なものを失ってきました。
最たるものが『死生観』でしょう」

最近よく思うのですが、
日本人は「観る力」を失っているということです。
観る、という言葉は
眼に見える力のことではなく、
例えば、現在・過去・未来と続く時間軸を観る力、
見えないものを観る力、
心を観る力です。

仏壇店もこの「観る力」を大きく喪失しています。
観音という菩薩は実にすてきな名前だということにも
気づきます。
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仏壇店に行ってみよう
http://www.butsudan.kogeisha.com/
鎌倉花寺巡り
http://www.kamakura.kogeisha.com/
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感謝するということ [宗教]

先日、彦根の井上仏壇さんと同行で
長浜の旧家のお仏壇を取材に行きました。

井上仏壇さんが、そのお宅のお仏壇を修理し、
仏壇そのものが江戸時代に作られたということが分かり、
お声掛け頂きました。

その旧家では八十過ぎの
おじいちゃん、おばあちゃまお二人とお会いしましたが、
本当に貴重な時間でした。

お話の途中で
「いつごろか感謝できるようになりましたか」と
お聞きすると
「年を取ってから」
というお返事。

三人とも、
毎日無事暮らせることを感謝
無事暮らせたことを感謝、
無事くらせるように感謝、
しているとのお話でしたが、
感謝はとても大切なことだと、ここしばらく強く思います。

感謝は繋がりがあってのこそ。
でも若い時には、そのことがなかなか分かりません。

若い方の自殺は本当に心が痛みます。
ニュースでそのような話を聞くと、
まるで自分が加害者になったような気分になることもあります。

分かっても分からなくても、
若い人には感謝を教えて行かなくてなりませんし、
年を取った私たちも、感謝を忘れてはなりません。

というわけで、
井上仏壇さんありがとう。

井上仏壇さんのホームページアドレス
http://www.inouebutudan.com/

「聖書離れ」漫画で防ぐ 今朝の読売新聞より [宗教]

今朝の読売新聞朝刊・国際面に
「聖書離れ 漫画で防ぐ」の見出し。

→聖書の地、イスラエルで、
小学校の聖書教科書に漫画を使った教材が
初めて導入される。若い世代に目立つ「聖書離れ」を
食い止めようという試みだ。

→教材はユダヤ教徒の大半が通う世俗校向けで、
小学校5年生用と6年生用の2種類。
旧約聖書のサムエル記と列王記の話が漫画で紹介されている。

→「聖書の言葉や世界は現代の生活とっけ離れていて
子供たちにはとっつきにくい」

なるほど、イスラエルでも漫画で聖書教育か・・・・

加藤秀俊さんの著作「メディアの発生 聖と俗を結ぶもの」 [宗教]

昨日の読売新聞朝刊で紹介されていた
加藤秀俊さんの著作「メディアの発生 聖と俗を結ぶもの」
是非読んでみたいです。

「日本人は宗教心はあまりないかもしれないが、
信仰心は並はずれている」
「コミニュケーションの背景には本来、畏れの感情がある。
人が人に畏敬の念を持たなければ、社会は成り立たない。
だが、最近は、畏敬の念を持つ前に
対人接触がなくなっている」
と。

著作は中央公論新社から。

位牌は人のカタチ [宗教]

位牌の原型は、箱形の台座に札を挿したものが原型でした。
今の位牌は随分と装飾的になっていますが、
原型はシンプルでした。

位牌に呂門と呼ばれる形式のものがありますが、
そのデザインはまるで「人形」を思わせるものがあります。

位牌は故人そのものを表現しているという言い方を業界ではしますが、
まさにその通り、位牌はある意味「人形」なのです。


戒律無き日本の仏教 [宗教]

今、必要があって仏教に戒律を再読しています。
自分自身は仏教の戒を持たず、
そんな自分が戒についてとやかく言うのは
気が引けますが、
戒、という視点で日本の仏教を見ると、
日本の仏教は仏教ではない、という気持ちが
誰にでもわき上がってくるはずです。

末法の世の中であるから、
持戒し修行しても悟りを得ることは出来ない、
であるから戒は不必要とする教えは
なるほど尤もな教えではありますが、
末法というのは仏法が滅するだけのことであって、
別に世界が滅びる訳ではありません。

戒は読めば読むほど 
戒=仏教という気持ちになるから不思議です。
その戒が無くなり、持戒できない世界であると主張されることで、
本当に末法の時代になった、というのは皮肉でしょうか。

イスラエル軍侵攻 迫害された時に、迫害者となることを躊躇わず [宗教]

イスラエル軍のガザ侵攻が
さらに激しさを増しています。
イスラエルは国境で接する国の全てが、ほぼ敵対国。
今は周辺国が静観していますが、今後どのように展開するのでしょうか。

世界的なファンド運用者として知られるジョージ・ソロスは
次のような言葉を述べています。

ユダヤ人が迫害にどう対応したかを見れば、
主に二つの逃げ道のうちどちらかを選ぼうとしたかが分かるはずだ。
当面する問題を普遍的な何かに転化して凌ぐのか、
あるいは自らが迫害者になって同じようなことをするのか
どちらかだ。

ジョージ・ソロスはハンガリー生まれのユダヤ人。


日本グリーフケア研究所 [宗教]

今朝の読売新聞に
「日本グリーフケア研究所」所長に就任した
高木慶子(よしこ)さんの記事が掲載されています。

研究所の名前も高木さんの名前も初めて聞くのですが、
色々と考えさせられる記事内容でした。

グリーフケアとは親しい人を失い、
あるいは失いかけている人の嘆き(グリーフ)を
ケア(なぐさめ支える)することで、
最近とみに注目されています。

そのグリーフケアを専門に研究し、学ぶ場所が
日本グリーフケア研究所で、
兵庫県尼崎市の聖トマス大学に設けられます。

聖トマス大学はカトリック系の大学。
そして高木さんはいわゆるシスターです。

カトリック(キリスト教)は、ある意味言葉の宗教です。
それは聖書にある「はじめに言葉ありき」という一言で集約されます。
その言葉が人々を慰め、支えます。

シスターという存在は仏教における尼僧とは、やや印象が異なります。
書くと長くなってしまうのですが、
シスターの存在がキリスト教の存在を、我々にとって身近なものとさせています。
もし、神父のみであれば、キリスト教はここまで世界に広がりをもたなかったでしょう。

ひるがえって仏教はどうでしょうか?
言葉を大切にしているでしょうか?
聞いても分からない漢訳経典をいくら読んでも、聞く人に伝わりません。
そして、シスターという女性原理の存在もありません。

どうしてグリーフケアがカトリックなのか、
その意味がここにあるように思います。

各本山(大宗教法人)は財務内容の開示を [宗教]

曹洞宗系の駒澤大学が
投資に失敗して有価証券で154億円もの評価損が発生し
100億円を越える融資を受けました。
このことはマスコミで大きく取り上げられたので、
皆さんもよくご存じのことだと思います。

曹洞宗は以前にも自宗が経営する
東京グランドホテルの倒産(だったと思う)や
多々良学園の破綻など、
様々な「経営危機」が報じられてきました。

これらのことを思うと、
大きな宗教法人、つまり曹洞宗だとか
日蓮宗、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派、
天台宗などは
財務内容を外に向けて公開するべきです。
なぜなら、宗教法人の財務は寄進・喜捨などによって成立しており、
また社会的な責任も大きいからです。

西本願寺では宗会(国会に相当する宗派の議会)で
門徒さん獲得のための
IT事業費1億4000万円が
宗派の事業として計上されていたことを巡り、
「手続きが不明朗」などと紛糾し、
解散となったようですが、
財務内容は非公開で、全く話しになりません。
一体、このお金はどこから出たものなのでしょうか。

東西両本願寺は
親鸞上人750回大遠忌事業を進めていますが、
予算、決算ともどれだけ門徒さんには公開されるのでしょうか?

まあ、資産が数百億円という宗教団体は
須く対外的に財務内容を公開するべきだと思いますけど。


広がるハロウィーン(1) [宗教]

10月に入ると同時に、様々なお店でハロウィーンにちなんだ
だいだい色(オレンジ色)のカボチャのお化けを見ることが多くなってきました。

ハロウィーンの習慣がじわりと広がりを見せています。
近所の家の庭には、今年初めてハロウィーンカボチャが吊されるようになりました。

きっとそれが何を意味するのか全く分からないという人も多いはずです。
かぼちゃには目とキザギザの口が穿たれていますので、
飲食店の店頭にこれがあれば「かぼちゃを食べないといけないサイン」と
勘違いする人もいるに違いありません。

もしお化けカボチャを見たなら、
「このカボチャはハロウィーンのシンボル。
秋の収穫を祝い、精霊達の訪れがある日と、覚えて下さい。
ハロウィーンは十月末日の三十一日です。

ハロウィーンは元々、
イギリスの先住民族であるケルト人の収穫祭であったと言われます。
加えて精霊や魔女が訪れる日ともされています。
お化けカボチャは悪さをする精霊除けであり、魔女除けとなります。
でも、それ自体が精霊のようで、お化けカボチャを飾る家は
まるで精霊に囲まれているような雰囲気となります。